ハゼの木広場

 

 

 土地区画整理事業によって生み出された街区中央の市有地は1971(昭和46) 年に広場として整備されました。

 

 広場の中央にナンキンハゼの木が植えられていることから、現在は「ハゼの木広場」の愛称で親しまれています。


広場の中心性

都市計画家・菅原文哉
都市計画家・菅原文哉

 

 

はぜの木広場には「ビルの真ん中に広場をとって、商店街のファサードは広場に向けよう」という都市計画家菅原文哉や、石川栄耀の計画理念が込められており、街区の空間的な中心として位置づけられています。そして、この理念は区画整理事業という手法を用いて実現されました。


 

 

 

 

 

 

1974(昭和49) 年、3 ビル合同セールの告知チラシに描かれた広場の活用予想図。ファサードが内側を向き、デッキが中2階の高さに設けられています。


 

 

 

 

1971(昭和46) 年、CD ビルの竣工とともに広場も完成しました。当時はビルの窓が広場に向けられていたことが分かります。


 

 

 

1983(昭和58) 年頃の広場の様子。完成後、広場は放置自転車のたまり場となっていましたが、1981(昭和56) 年に改造工事が行われて、正式な駐輪場が設置されました。

 

 さらに2010(平成22) 年には駐輪場に屋根がかけられ、その上にイベントスペースが新設されました。