かつてフジサワ名店ビルにもあった屋上観覧車が名古屋に現存していた?!

オリエンタルビル 名古屋三越 栄店。その屋上になんと観覧車が・・・!
オリエンタルビル 名古屋三越 栄店。その屋上になんと観覧車が・・・!

 こんにちは。3年の吉田です。中島研究室では2月1日~3日に最終発表を兼ねたゼミ合宿で、名古屋と伊勢に行ってきました。中島先生が次年度から東大へ赴任するため、これが最後の研究会となりました。寂しくなりますが藤沢班(都市計画遺産班)は別の研究会に籍を移してこれからも続けてまいりますので、どうぞこれからもよろしくお願いします。今回はゼミ合宿の最中に思わぬ大発見をしたので、それについて書きたいと思います。

ビルの屋上に観覧車が!

 さて、ここから本題です。名古屋駅周辺を散策していたとき、偶然おもしろいビルを発見しました。屋上に観覧車があるのです!私たちはさっそくそのビルへ向かいました。急いで屋上へ登り、観覧車へたどり着きました。観覧車は残念ながら動いていませんでしたが、綺麗に保存されていました。説明書によると、なんと国内に現存する屋上観覧車として日本最古のもので、平成19年(2007)3月16日に国の文化商議会にて登録有形文化財に指定されていることが分かりました。

 

 昭和29年(1954)5月、オリエンタル中村百貨店がオープン。4階屋上にはオリエンタルビルの経営する遊園地があり、旧型の観覧車が設置されていました。昭和31年(1956)10月、ビルが7階まで増設され8階屋上に新しい遊園地がオープンし、12月に現在の観覧車が営業開始となりました。それから平成17年(2005)7月まで営業していたそうです。

フジサワ名店ビルにも屋上観覧車がありました。

開業当時のフジサワ名店ビル。現在の名古屋三越と同じように屋上に観覧車がありました。
開業当時のフジサワ名店ビル。現在の名古屋三越と同じように屋上に観覧車がありました。

 さて、なぜ私たちがこんなにも屋上観覧車に引き付けられたかというと、かつてフジサワ名店ビルにも同じように屋上観覧車があったからです。現在は観覧車の足場のみが屋上に残っています。上の写真は昨年度開催した「第2回 探検!藤沢391」にて「developing」という写真展で展示した開業当時の写真のひとつです。よく見ると屋上に観覧車があるのがお分かりいただけるでしょうか。こうして見ると本当に名古屋三越の観覧車とそっくりですね。まるで当時のフジサワ名店ビルの様子をそっくりそのまま名古屋で見られたような気がしました。

かつて賑わいを見せていた日本のデパートの屋上観覧車に思いを馳せて

 昭和30年代初めから昭和40年代半ばにかけてが屋上遊園地の全盛期で、日本各地のデパートの屋上に次々と大型遊具が設置されました。現在と比べて子供達の娯楽が乏しかったこともあって、子供達にとってはまさに天国であり楽園的な存在でした。大正時代から昭和50年くらいまでは、日曜日ともなると家族揃って半日から1日がかりでデパートで過ごすということが行楽行事のひとつでもあり、おもちゃ売り場、大食堂、屋上遊園地と子供達はその日を楽しみに待ち望んでいました。当時中村製作所(現ナムコ)の中村雅哉社長が、三越の社長に「屋上に遊園地がないなんて百貨店ではなく九十九貨店!」と語ったことからも屋上遊園地のかつての重要性がうかがえます。


 デパート屋上は遊園地だけではなく仮設ステージが設けられ、繊維メーカー主催による水着ショー、各種ミスコン、映画会社による出演者を交えた新作発表会、新人歌手のキャンペーン、人気歌手のサイン会や子供向けテレビ番組のキャラクターショーなどが催されるようになりました。そしてこの頃は超高層ビルがなかった(最初の超高層ビルである霞が関ビルは1968年完成)ために、屋上からの眺めは抜群であり、備え付けの望遠鏡(双眼鏡)からはさらに遠方まで見晴らし良く望むことができました。


 しかし、昭和47年(1972)に大阪の千日前デパートで、翌昭和48年(1973)に熊本の大洋デパートで、共に死者100人を超える火災が発生したことによって事態は暗転し始めます。消防法の改正により建造物屋上の半分を避難区域として確保する事が義務付けられ、そのため、既存・新規に関わらず大型遊具の設置が難しくなりました。さらに追い討ちをかけるかのごとく、テーマパークやゲームセンターの台頭もあって、デパート屋上からは次第に遊具と子供達の姿が消えてゆくこととなりました。

 平成に入ってからも屋上遊園地の数は減り続けています。2014年3月の時点で東京都内のデパート屋上に現役で遊園地があるのは、京王百貨店新宿店や東武百貨店池袋店、東急百貨店吉祥寺店のみです。

 

 時代の流れと言ってしまえば仕方のないことですが、こうした過去の日本の様子を今に伝えてくれるものが次々と無くなってしまうのは少し寂しい気がします。そのような中で、オリエンタルビルの屋上観覧車ように国がその歴史的価値を認めて保護してくれていることはとても嬉しいです。もっと多くの人が、日常の風景の中に何気なく存在している過去の遺産に目を向け、当時の人々の生き様や想いを感じとってくれれば思います。藤沢391街区もまた然りです。そうすれば、まちを歩くことがより楽しいものになるのではないでしょうか。

 

名古屋三越の向かいにあるサンシャインサカエの観覧車「Sky-Boat」に乗ると、良い写真が撮れますよ。名古屋に行かれる際は是非!
名古屋三越の向かいにあるサンシャインサカエの観覧車「Sky-Boat」に乗ると、良い写真が撮れますよ。名古屋に行かれる際は是非!

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コメント: 2
  • #1

    寺岡豊晶 (日曜日, 08 2月 2015 11:51)

    藤沢には多くのデパートがあり、名称を思い出すだけでも13店(百貨店・月賦百貨店・GMSを含む)が時代の流れの中で生まれては消えた。
    高島屋直系の高島ストアを入れると14店ですかね・・・。
    本当にデパートの上は子供にとってパラダイスでしたね。
    もちろん大人でも楽しめる夏の納涼ビアガーデンや地元バンドのライブコンサートなんかもあり賑わってました。
    今、藤沢のデパートの屋上は、立ち入り禁止やスポーツフィールドがほとんどかつての魅力ある形は見いだせないません。寂しい限りです。
    今後も応援してますので藤沢の近代遺産の魅力を伝えてください。

  • #2

    都市計画遺産班:吉田 (月曜日, 09 2月 2015 18:10)

    寺岡さん、再度コメントありがとうございます。
    一昨年の「第1回 探検!藤沢391」では、閉鎖されていたフジサワ名店ビルの屋上を開放し、ビアガーデンやヨーヨー釣りを開催しました。普段見ることのできない屋上からの景色や、観覧車跡など、来場者の方に好評でした。これからも、このような使われていない空間の利活用法を模索していきたいと思います。